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初釜 [趣味]
お茶の初稽古
22日は、習っている教室の初釜でした。習っている人たちにとっては、初稽古といったほうが良いそうなのですが。
一席目は炭点前があって、見たかったのですが、希望者がいっぱいだったので、二席目にしました。
まず、点心席から入りました。天王寺の都ホテルの中の料理屋さんで、松花堂懐石をいただきました。
新春なので、御酒をいただきました。ほんの少しでした。
量は少な目でしたが、なかなか美味しかったです。

待ち合いになっている部屋で少し待ってから、花びらもちをいただきました。
いよいよ、濃茶席へ入ります。主客以下三客は、いつも拝見する男性がやってくれました。主客以下十客は、大先生が立ててくれた濃茶がいただけます。
私たちは、水屋で控えておられる先生が点ててくれる濃茶でした。5人くらいが、一つのお茶碗でいただくので、最後になると全部飲まないといけません。
私は一番目にいただきました。ドロリとした濃いお茶でした。個人的にはおうすの方がいいなあ。
終わってから床の間の拝見をして、お道具の拝見をしました。
お軸は、先生が説明してくださったのですが、なんと書いてあるか忘れました。上から二番目に「辰」の字が書いてあるので、今年の干支にちなんだ言葉が書いてあるのでしょう。

床の間には、お正月用の結び柳がかざってあり、先生の家のお庭の「あけぼの椿」が飾ってありました。お部屋が温かかったのか、ちょっとくたっとしていました。

点前をする正面には、大きな眞台子に九谷焼の皆具が飾ってありました。

そして、炉縁は蒔絵で乱れ桐の絵が描いてありました。お釜はたぶんお稽古で使っているものです。

そのあと、薄茶席でしたが、私は今練習している筒茶碗でいただきました。筒茶碗は、お寿司屋さんで出てくる茶碗のように細長い形をしていて、冷めにくいので、冬場の茶碗として使います。熱くて美味しかったです。
終わってから、ビルの四階に降りて、植え込みの所で写真の撮りっこをしました。
だれやのん?この幅広サイズのおばちゃんは。

22日は、習っている教室の初釜でした。習っている人たちにとっては、初稽古といったほうが良いそうなのですが。
一席目は炭点前があって、見たかったのですが、希望者がいっぱいだったので、二席目にしました。
まず、点心席から入りました。天王寺の都ホテルの中の料理屋さんで、松花堂懐石をいただきました。
新春なので、御酒をいただきました。ほんの少しでした。
量は少な目でしたが、なかなか美味しかったです。

待ち合いになっている部屋で少し待ってから、花びらもちをいただきました。
いよいよ、濃茶席へ入ります。主客以下三客は、いつも拝見する男性がやってくれました。主客以下十客は、大先生が立ててくれた濃茶がいただけます。
私たちは、水屋で控えておられる先生が点ててくれる濃茶でした。5人くらいが、一つのお茶碗でいただくので、最後になると全部飲まないといけません。
私は一番目にいただきました。ドロリとした濃いお茶でした。個人的にはおうすの方がいいなあ。
終わってから床の間の拝見をして、お道具の拝見をしました。
お軸は、先生が説明してくださったのですが、なんと書いてあるか忘れました。上から二番目に「辰」の字が書いてあるので、今年の干支にちなんだ言葉が書いてあるのでしょう。

床の間には、お正月用の結び柳がかざってあり、先生の家のお庭の「あけぼの椿」が飾ってありました。お部屋が温かかったのか、ちょっとくたっとしていました。

点前をする正面には、大きな眞台子に九谷焼の皆具が飾ってありました。

そして、炉縁は蒔絵で乱れ桐の絵が描いてありました。お釜はたぶんお稽古で使っているものです。

そのあと、薄茶席でしたが、私は今練習している筒茶碗でいただきました。筒茶碗は、お寿司屋さんで出てくる茶碗のように細長い形をしていて、冷めにくいので、冬場の茶碗として使います。熱くて美味しかったです。
終わってから、ビルの四階に降りて、植え込みの所で写真の撮りっこをしました。
だれやのん?この幅広サイズのおばちゃんは。

冬ごもりの日々 [日記]
なんやかんやで
更新がおそくなった・・・
一つは、デジカメがぶっこわれた。購入してまだ半年余りのソニーサイバーショット。モニター画像が出ないし、レンズが引っ込まない。家電店に持っていって直してもらった。さいわい、保証書があったので、修理費はゼロで済んだ。
もう一つは、ソネブロの不具合。
記事の文を書くならいいのだが、ファイルの画像がうまく表示されない。そこで、新規作成画面の一番下のファイル管理を開けて、そこからアップロードしてコピー・貼り付けをしないといけない。したがって、なかなか面倒なぐあいになっている。
もう一つは、編み物に精力を使っていたこともある。去年、とりかかっていた孫のベストを途中でほったらかしていた。そのうち着れなくなってしまうので、完成させることにした。

途中で毛糸が足りなくなって、アンドの「ホビーラ・ホビーレ」に行って、買い足した。
くまさんの顔が可愛かったので、編む気になったのだが、表情がうまくいかなかった。
それに、ちょっと丈が短いみたいだが、まあいいか。今年とあと一年着れたらいいところだ。
あさって孫の誕生日。このベストとトーマスシリーズのゴードンをプレゼントにする予定だ。
なにしろクリスマスと誕生日がつながっているから、こちらは大変だ。クリスマスには「日本昔話1巻」をあげた。お友だちも来ては観てくれるそうだ。
ごちそうはチーズフォンデュ。ポテトににんじん、フランスパンにいちご、れんこんも入れちゃおうか。
Kのママがケーキを作る予定。
さてと飾り付けもしなくちゃ・・・な。
更新がおそくなった・・・
一つは、デジカメがぶっこわれた。購入してまだ半年余りのソニーサイバーショット。モニター画像が出ないし、レンズが引っ込まない。家電店に持っていって直してもらった。さいわい、保証書があったので、修理費はゼロで済んだ。
もう一つは、ソネブロの不具合。
記事の文を書くならいいのだが、ファイルの画像がうまく表示されない。そこで、新規作成画面の一番下のファイル管理を開けて、そこからアップロードしてコピー・貼り付けをしないといけない。したがって、なかなか面倒なぐあいになっている。
もう一つは、編み物に精力を使っていたこともある。去年、とりかかっていた孫のベストを途中でほったらかしていた。そのうち着れなくなってしまうので、完成させることにした。

途中で毛糸が足りなくなって、アンドの「ホビーラ・ホビーレ」に行って、買い足した。
くまさんの顔が可愛かったので、編む気になったのだが、表情がうまくいかなかった。
それに、ちょっと丈が短いみたいだが、まあいいか。今年とあと一年着れたらいいところだ。
あさって孫の誕生日。このベストとトーマスシリーズのゴードンをプレゼントにする予定だ。
なにしろクリスマスと誕生日がつながっているから、こちらは大変だ。クリスマスには「日本昔話1巻」をあげた。お友だちも来ては観てくれるそうだ。
ごちそうはチーズフォンデュ。ポテトににんじん、フランスパンにいちご、れんこんも入れちゃおうか。
Kのママがケーキを作る予定。
さてと飾り付けもしなくちゃ・・・な。
小倉百人一首に寄せて [趣味]
昔のことなど
先日来、白洲正子の「私の百人一首」を引っ張り出してきて読んでいる。
「序にかえて」のくだりで、こんなことが書いてある。
(・・・かるたをとるということと、百人一首を鑑賞するということは、ぜんぜん別の行為なのだ。一々歌の意味や心を味わっていて、かるたがとれる道理はない。そんなことは分かりきっているが、わかり切ったことに案外人は気がつかないものである。・・・)
本当にそうだ。競技かるたがそうである。あの0,1秒を争うような競技にはついていけないものがある。

私には、百人一首にまつわる思い出がいくつかある。
その一つは、幼稚園のころだったと思うが、姫路に住んでいたころの話だ。
家の斜め裏に高校の国語の先生が住んでおられた。正月の二日か三日になると、近所の子供たちを10人ばかり招いて、百人一首のかるたをやってくれたのだ。私は最年少だったので、まだひらがなも覚束ない年頃だった。しかし、年上の子たちがだんだんと熱を帯びた様子で取り組んでいくのを見て、私も仲間に入りたいと切に思うようになった。
一枚だけでもと思っていたのか、「大江山~生野の道も遠ければ~」の上の句が詠われると、「はーい。」と元気よく「まだふみもみず、天橋立」の札を取ったものだ。たった一枚だけ。
おそらく母の出身地が生野だったので、聞き覚えがあったのだろう。
姫路を引っ越した後も、正月には家で母や妹と楽しんだ。
もう一つは、私の叔父さんの話である。その人は今は故人であるが、まさに生野鉱山の鉱夫をやっていた。あるとき、落盤事故が起こって叔父さんは暗闇に取り残された。助けが来ると信じていても、そのような時には、先に精神がまいってしまうらしい。そこで叔父さんは、百人一首の一番から順番に思い出して、百番まで唱えて心を落ち着けたらしい。生野という町は面白い街で、佐渡島や北九州から鉱夫が流れて住み着いて、それぞれの文化を持ち寄ってきたらしい。お盆ともなると、それぞれの地方の民謡や盆踊りがあちことで繰り広げられ、それは賑やかだった。ほとんどの住民が三味線や尺八などの芸事ができたようである。
だから、百人一首なども正月の遊びのわくを越えて、さかんに膾炙されたのだろう。
この歳になって、百人一首というのが、じつは「小倉百人一首」のみならず、色々あったことを知った。戦争中はまた別の百人一首、近年は「万葉がるた」というのもある。しかし、平安時代末期に編まれた爛熟した王朝文化の気配が色濃く残る「小倉百人一首」が、平和な世の中に受け入れられたのだろう。
「小倉百人一首」の歌の作者は、天智天皇から順徳院まで。万葉集の時代から新古今和歌集の歌が編纂されている。
少し前まで、私は「平家物語」の時代と「新古今和歌集」が同時代だとは、気が付かなかった。
その時代は、鎌倉時代というには、まだ王朝文化がただよっていて、平安時代というには血なまぐさい武家の勢力争いが繰り広げられた境界の時代だったのだ。

小倉百人一首は小倉山荘で藤原定家が編んだとされている。ある人の要請で選んだとされているが、私は必ずしも作者の一番よい歌を選んだとは限らないと思っている。
私は後鳥羽院の歌と西行の歌にはちょっと不服がある。
それに後鳥羽院の札に描かれた姿絵も気に入らない。どんな百人一首の絵もちょっとうらぶれてうなだれているような気がする。
後鳥羽院は、台頭する武家に対して、自分こそ王政復古の先頭に立たないとだめだと時代的な必然性を感じて、承久の乱を起こされたにちがいない。
素顔はもっとりりしく、勇ましかったに違いない。都におられる時も泥棒を生け捕り、自分の家来にしたそうだし、隠岐へ流されてからも、みずから刀を作ったり、相撲を好んだりされたというエピソードがあるくらいだ。
私だったら、
<我こそは新島守りよ隠岐の海の あらき波風こころして吹け>
がよいと思う。
西行の歌も、もっともっといい歌があるような気がする。
ただし、家隆の歌はこれでいいかなと思う。
<風そよぐならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりけり>
ならの小川は上賀茂神社の境内に流れている川で、斎宮がみそぎを司っている川だ。
まあ、今となっては、小倉百人一首もしかたないかなというのが、結論だ。
わたしの宝物の百人一首である。

百枚の札を並べて点検したあと、一人で読んで、取って遊んだ。
今年は、だれともかるた遊びをしなかったなあ。
先日来、白洲正子の「私の百人一首」を引っ張り出してきて読んでいる。
「序にかえて」のくだりで、こんなことが書いてある。
(・・・かるたをとるということと、百人一首を鑑賞するということは、ぜんぜん別の行為なのだ。一々歌の意味や心を味わっていて、かるたがとれる道理はない。そんなことは分かりきっているが、わかり切ったことに案外人は気がつかないものである。・・・)
本当にそうだ。競技かるたがそうである。あの0,1秒を争うような競技にはついていけないものがある。

私には、百人一首にまつわる思い出がいくつかある。
その一つは、幼稚園のころだったと思うが、姫路に住んでいたころの話だ。
家の斜め裏に高校の国語の先生が住んでおられた。正月の二日か三日になると、近所の子供たちを10人ばかり招いて、百人一首のかるたをやってくれたのだ。私は最年少だったので、まだひらがなも覚束ない年頃だった。しかし、年上の子たちがだんだんと熱を帯びた様子で取り組んでいくのを見て、私も仲間に入りたいと切に思うようになった。
一枚だけでもと思っていたのか、「大江山~生野の道も遠ければ~」の上の句が詠われると、「はーい。」と元気よく「まだふみもみず、天橋立」の札を取ったものだ。たった一枚だけ。
おそらく母の出身地が生野だったので、聞き覚えがあったのだろう。
姫路を引っ越した後も、正月には家で母や妹と楽しんだ。
もう一つは、私の叔父さんの話である。その人は今は故人であるが、まさに生野鉱山の鉱夫をやっていた。あるとき、落盤事故が起こって叔父さんは暗闇に取り残された。助けが来ると信じていても、そのような時には、先に精神がまいってしまうらしい。そこで叔父さんは、百人一首の一番から順番に思い出して、百番まで唱えて心を落ち着けたらしい。生野という町は面白い街で、佐渡島や北九州から鉱夫が流れて住み着いて、それぞれの文化を持ち寄ってきたらしい。お盆ともなると、それぞれの地方の民謡や盆踊りがあちことで繰り広げられ、それは賑やかだった。ほとんどの住民が三味線や尺八などの芸事ができたようである。
だから、百人一首なども正月の遊びのわくを越えて、さかんに膾炙されたのだろう。
この歳になって、百人一首というのが、じつは「小倉百人一首」のみならず、色々あったことを知った。戦争中はまた別の百人一首、近年は「万葉がるた」というのもある。しかし、平安時代末期に編まれた爛熟した王朝文化の気配が色濃く残る「小倉百人一首」が、平和な世の中に受け入れられたのだろう。
「小倉百人一首」の歌の作者は、天智天皇から順徳院まで。万葉集の時代から新古今和歌集の歌が編纂されている。
少し前まで、私は「平家物語」の時代と「新古今和歌集」が同時代だとは、気が付かなかった。
その時代は、鎌倉時代というには、まだ王朝文化がただよっていて、平安時代というには血なまぐさい武家の勢力争いが繰り広げられた境界の時代だったのだ。

小倉百人一首は小倉山荘で藤原定家が編んだとされている。ある人の要請で選んだとされているが、私は必ずしも作者の一番よい歌を選んだとは限らないと思っている。
私は後鳥羽院の歌と西行の歌にはちょっと不服がある。
それに後鳥羽院の札に描かれた姿絵も気に入らない。どんな百人一首の絵もちょっとうらぶれてうなだれているような気がする。
後鳥羽院は、台頭する武家に対して、自分こそ王政復古の先頭に立たないとだめだと時代的な必然性を感じて、承久の乱を起こされたにちがいない。
素顔はもっとりりしく、勇ましかったに違いない。都におられる時も泥棒を生け捕り、自分の家来にしたそうだし、隠岐へ流されてからも、みずから刀を作ったり、相撲を好んだりされたというエピソードがあるくらいだ。
私だったら、
<我こそは新島守りよ隠岐の海の あらき波風こころして吹け>
がよいと思う。
西行の歌も、もっともっといい歌があるような気がする。
ただし、家隆の歌はこれでいいかなと思う。
<風そよぐならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりけり>
ならの小川は上賀茂神社の境内に流れている川で、斎宮がみそぎを司っている川だ。
まあ、今となっては、小倉百人一首もしかたないかなというのが、結論だ。
わたしの宝物の百人一首である。

百枚の札を並べて点検したあと、一人で読んで、取って遊んだ。
今年は、だれともかるた遊びをしなかったなあ。
新春能 [古典芸能]
大槻能楽堂にて
新しい年になってから、またたく間に時間が過ぎていくため、更新する時間がとれませんでした。原因は分っているのですが。(韓ドラの見過ぎだろ~)
四日のことから書きます。
この日は友だちに誘われて、大槻能楽堂へ「新春能」を観に行きました。

出し物は、「翁」と「賀茂」
出演者がゴージャスで、「翁」は、翁に人間国宝の片山幽雪。三番三にこれまた人間国宝の野村万作。千歳に味方玄。面箱に高野和憲。地方でも私が知っているのは、山本哲也の大鼓。後見に片山伸吾。地謡に大槻文蔵。その他名だたる方々のそろい踏みでした。
「翁」は(能にして能にあらず)いわれるのですが、世阿弥が集大成する以前の古態をつたえているそうで、あらすじや台詞回しはあまりなく、儀式的な動作と舞が繰り広げられます。
「面箱」の中には、「翁」の面が入っていて、片山幽雪が深々とお辞儀をしたあと、面をつけて舞われます。三つの小鼓と一つの大鼓が激しいリズムで連打されます。やがて入れ替わって、面をつけない千歳が謡を謡いながら、舞い始めます。味方玄のしっかりとよく通る声はなかなか魅力的でした。そのあと、黒い面を付けた三番三が軽やかに舞われました。
幕間の客の話の中から、東京から新幹線で来たという方もおられたようです。
友だちは、京舞の井上八千代さんの姿を見たといっていたので、この公演のすごさがわかろうというものです。
能の「賀茂」というのは、ワキの室明神の神職(福王和幸)が従者をつれ、京都の賀茂神社(下賀茂)に来て、由来を里の女二人(シテとツレ)に尋ねるというものですが、のちにシテの里の女は別雷神に、ツレの里女は天女に変わります。その間に行われたのが、間狂言で≪御田≫という狂言です。われらが野村萬斎さんが神主となって出演するのですが、能の衣装と違って狂言の軽やかな衣装で、早乙女たちと舞う姿もソレホイ、ホイと軽快な身のこなしで、能と違った面白さが味わえました。
正月におこなう能なので、通常の怨念や情念の世界の夢幻能とは違った、おめでたい出し物のようでした。
能楽界を代表する名手が出演され、珍しい貴重な舞台を拝見できて良かったです。
いただいたチラシに主な装束の名前が書いてあったので、前シテと後シテ、前ツレと後ツレのみ書いておきます。
前シテ(里女)=面・・・増、装束・・・蔓・紅入蔓帯・摺箔・紅入唐織・水桶
後シテ(別雷神)=面・・・大飛出、装束・・・赤地金緞鉢巻・唐冠・紅入段厚板・半切・袷狩衣・繍紋腰帯・幣
前ツレ(里女)=面・・・連面、装束・・・紅入蔓帯・摺箔・紅入唐織・水桶
後ツレ(天女)=面・・・連面、装束・・・黒垂・天冠・摺箔・大口・縫入腰帯・長絹・天女扇
その他の登場人物の衣装も、なかなか見事なものでした。
新しい年になってから、またたく間に時間が過ぎていくため、更新する時間がとれませんでした。原因は分っているのですが。(韓ドラの見過ぎだろ~)
四日のことから書きます。
この日は友だちに誘われて、大槻能楽堂へ「新春能」を観に行きました。

出し物は、「翁」と「賀茂」
出演者がゴージャスで、「翁」は、翁に人間国宝の片山幽雪。三番三にこれまた人間国宝の野村万作。千歳に味方玄。面箱に高野和憲。地方でも私が知っているのは、山本哲也の大鼓。後見に片山伸吾。地謡に大槻文蔵。その他名だたる方々のそろい踏みでした。
「翁」は(能にして能にあらず)いわれるのですが、世阿弥が集大成する以前の古態をつたえているそうで、あらすじや台詞回しはあまりなく、儀式的な動作と舞が繰り広げられます。
「面箱」の中には、「翁」の面が入っていて、片山幽雪が深々とお辞儀をしたあと、面をつけて舞われます。三つの小鼓と一つの大鼓が激しいリズムで連打されます。やがて入れ替わって、面をつけない千歳が謡を謡いながら、舞い始めます。味方玄のしっかりとよく通る声はなかなか魅力的でした。そのあと、黒い面を付けた三番三が軽やかに舞われました。
幕間の客の話の中から、東京から新幹線で来たという方もおられたようです。
友だちは、京舞の井上八千代さんの姿を見たといっていたので、この公演のすごさがわかろうというものです。
能の「賀茂」というのは、ワキの室明神の神職(福王和幸)が従者をつれ、京都の賀茂神社(下賀茂)に来て、由来を里の女二人(シテとツレ)に尋ねるというものですが、のちにシテの里の女は別雷神に、ツレの里女は天女に変わります。その間に行われたのが、間狂言で≪御田≫という狂言です。われらが野村萬斎さんが神主となって出演するのですが、能の衣装と違って狂言の軽やかな衣装で、早乙女たちと舞う姿もソレホイ、ホイと軽快な身のこなしで、能と違った面白さが味わえました。
正月におこなう能なので、通常の怨念や情念の世界の夢幻能とは違った、おめでたい出し物のようでした。
能楽界を代表する名手が出演され、珍しい貴重な舞台を拝見できて良かったです。
いただいたチラシに主な装束の名前が書いてあったので、前シテと後シテ、前ツレと後ツレのみ書いておきます。
前シテ(里女)=面・・・増、装束・・・蔓・紅入蔓帯・摺箔・紅入唐織・水桶
後シテ(別雷神)=面・・・大飛出、装束・・・赤地金緞鉢巻・唐冠・紅入段厚板・半切・袷狩衣・繍紋腰帯・幣
前ツレ(里女)=面・・・連面、装束・・・紅入蔓帯・摺箔・紅入唐織・水桶
後ツレ(天女)=面・・・連面、装束・・・黒垂・天冠・摺箔・大口・縫入腰帯・長絹・天女扇
その他の登場人物の衣装も、なかなか見事なものでした。
娘と初詣 [日記]
近くの神社へ
謹賀新年
みなさま、よいお年を迎えられたことと存じます。
私も平凡ですが、穏やかな年明けとなりました。
一日は、近くの氏神さんに娘と初詣に行きました。いつもだと3日くらいに行くのですが、今年は一日に行くことになりました。
着いてみると、なんと社殿でお参りする人の列が整然と鳥居のあたりまで、伸びていました。

「やはり、一日はどこもまだ空いていないから、多いのやね。」
などとぼやきながら列に加わりました。
この神社は、布忍神社といいまして、松原市でも古い方です。祭神は、ハヤスサノオノミコト、ヤエコトシロノミコト、タテミカヅチノミコトだそうで、府の指定有形文化財に指定されているそうです。
最近、日本書紀にも布忍の名があることが解っているそうです。
お参りを済ませて、おみくじを引きました。
なんと、珍しいことに“大吉”でした。
いいくじだったので、持って帰りました。
今年は、娘に私の娘時代のウールの着物を着せてやりました。ちょっと袖が短くてチョッピンピンでしたが、上から毛糸の上着を着ると袖口が隠れてくれました。

境内には、辰の作り物や絵馬が飾ってあり、お正月の雰囲気を盛り上げていました。


今年一年大きな病気をせず、穏やかな日々を送れたらいいですね。
謹賀新年
みなさま、よいお年を迎えられたことと存じます。
私も平凡ですが、穏やかな年明けとなりました。
一日は、近くの氏神さんに娘と初詣に行きました。いつもだと3日くらいに行くのですが、今年は一日に行くことになりました。
着いてみると、なんと社殿でお参りする人の列が整然と鳥居のあたりまで、伸びていました。

「やはり、一日はどこもまだ空いていないから、多いのやね。」
などとぼやきながら列に加わりました。
この神社は、布忍神社といいまして、松原市でも古い方です。祭神は、ハヤスサノオノミコト、ヤエコトシロノミコト、タテミカヅチノミコトだそうで、府の指定有形文化財に指定されているそうです。
最近、日本書紀にも布忍の名があることが解っているそうです。
お参りを済ませて、おみくじを引きました。
なんと、珍しいことに“大吉”でした。
いいくじだったので、持って帰りました。
今年は、娘に私の娘時代のウールの着物を着せてやりました。ちょっと袖が短くてチョッピンピンでしたが、上から毛糸の上着を着ると袖口が隠れてくれました。

境内には、辰の作り物や絵馬が飾ってあり、お正月の雰囲気を盛り上げていました。


今年一年大きな病気をせず、穏やかな日々を送れたらいいですね。
タグ:初詣 絵馬 おみくじ
ごちそう演奏会 [音楽]
年末恒例“ごちそう演奏会~冬の星~”
23日、私が習っているテルミンの先生の演奏会に行ってきました。
お筝のミュージシャン今西玲子さんと児島先生のテルミンのセッション、およびネリkitchenさんのフードと茶音女の紅茶のコーディネートでした。
昨年も行きましたが、中崎町のcommon cofeという30人ほど入るお店でありました。
曲はほとんどがオリジナルで、テルミンはエフェクターとか鈴とかいろいろ組み合わせて、お箏の方も弓を使ったりおりんをはさんだり、楽しいセッションでした。

とちゅうでネリkitchenさんの豆乳を使ったケーキとスパイス(丁子)と果物(金柑、なしのジャム)がたっぷりの紅茶が配られました。ネリkitchenさんは、マクロビオテックという動物性の食品を一切使わない料理のお店(料理人)です。common cofeでは月曜日と木曜日担当しておられるらしいです。

いっぽう茶音女(ちゃおんな)さんは、「日常の紅茶、おもてなしの紅茶、音楽のある場面で紅茶」をテーマに活動していて、中崎町2か所でセミナーや出張サービスをしているそうです。
ケーキが無くなるころ、暗くなるとスクリーンに宇宙の画像が映し出され、二人のミュージシャンの白い割烹着にも星が映し出されます。白い割烹着を脱ぐと中の衣装にたくさんの短冊がはりつけられています。さきほと事前に配られていた金色の引換券のうしろにそれぞれが願い事を書いたものです。
曲の合間に一つ一つが読み上げられ、中には傑作なものもあったりして、会場が湧いていました。
テルミンには、増幅機のようなものがついていて、初めの曲が録音され、重なるように演奏されるようになっていました。テルミン自体は単音演奏なので、こんなふうにすると和音や重音演奏ができるようになっているのです。しかし、電気の機械に強くないとこんな演奏は、なかなかできないです。

コンサートは熱っぽくて、なかなか楽しかったです。外に出ると、冬の星は出ていませんでしたが、冬の風がぴゅーっと吹いていました。
23日、私が習っているテルミンの先生の演奏会に行ってきました。
お筝のミュージシャン今西玲子さんと児島先生のテルミンのセッション、およびネリkitchenさんのフードと茶音女の紅茶のコーディネートでした。
昨年も行きましたが、中崎町のcommon cofeという30人ほど入るお店でありました。
曲はほとんどがオリジナルで、テルミンはエフェクターとか鈴とかいろいろ組み合わせて、お箏の方も弓を使ったりおりんをはさんだり、楽しいセッションでした。

とちゅうでネリkitchenさんの豆乳を使ったケーキとスパイス(丁子)と果物(金柑、なしのジャム)がたっぷりの紅茶が配られました。ネリkitchenさんは、マクロビオテックという動物性の食品を一切使わない料理のお店(料理人)です。common cofeでは月曜日と木曜日担当しておられるらしいです。

いっぽう茶音女(ちゃおんな)さんは、「日常の紅茶、おもてなしの紅茶、音楽のある場面で紅茶」をテーマに活動していて、中崎町2か所でセミナーや出張サービスをしているそうです。
ケーキが無くなるころ、暗くなるとスクリーンに宇宙の画像が映し出され、二人のミュージシャンの白い割烹着にも星が映し出されます。白い割烹着を脱ぐと中の衣装にたくさんの短冊がはりつけられています。さきほと事前に配られていた金色の引換券のうしろにそれぞれが願い事を書いたものです。
曲の合間に一つ一つが読み上げられ、中には傑作なものもあったりして、会場が湧いていました。
テルミンには、増幅機のようなものがついていて、初めの曲が録音され、重なるように演奏されるようになっていました。テルミン自体は単音演奏なので、こんなふうにすると和音や重音演奏ができるようになっているのです。しかし、電気の機械に強くないとこんな演奏は、なかなかできないです。

コンサートは熱っぽくて、なかなか楽しかったです。外に出ると、冬の星は出ていませんでしたが、冬の風がぴゅーっと吹いていました。
顔見世に行く [古典芸能]
旧友を誘って
21日は、大学時代の友人を誘って京都南座の「吉例顔見世興行」に行きました。
歌舞伎を観たいと言っていた友人のために発売日は何度も電話口でねばって、チケットを手に入れました。
午後の部は遅くなるので、朝早い友人にはきつそうなので午前の部を取りました。
10時半開演なので、逆算すると8時半には最寄駅についておかないといけません。
朝は6時前に起きれたので、きものを着る時間がありました。
京阪電車でもなんとか座れて、京都に着いたのが10時10分。ちょうどいい時間でした。

今日の午前の演目は、
一、寿曽我対面 一幕
二、お江戸みやげ 三幕
三、隅田川
四、与話情浮名横櫛 二幕
でした。
このところ、風邪気味とあって、客席でせきが出ないように風邪薬を飲んでいったものだから、何度もとろとろしました。とくに文語調の台詞回しの「寿曽我対面」や清元舞踊の「隅田川」は、夢幻の中に引きこまれました。「隅田川」の衣装や舞台は非常にうつくしく、坂田藤十郎の所作も幽玄そのものでした。せりふを聞き取ろうとして、注意していましたが、「あの鳥は、沖の鴎・・・千鳥・・・都鳥」というあたりになってうとうとしてしまいました。柳かなにかの枝を持って出てくるので、我子を尋ねて半狂乱になったのだなと解りました。
「お江戸みやげ」と「与話情浮世横櫛」は口語体の台詞なので、内容もよく解りました。どちらも初めて見る演目だったので、興味が持てました。
「お江戸みやげ」は、川口松太郎の世話物で、喜劇仕立てです。
湯島天神の芝居茶屋が舞台になっていて、お紺という娘と役者の栄紫がいいかわした仲ですが、継母の常磐津の師匠の文字辰が、お紺を金持ちの妾にしようと企んでいます。反物を行商して、売り上げをもって故郷に帰る女二人が茶屋にあらわれます。一人は中村翫雀ふんするおゆうで、さっそく大好きな熱燗を所望します。もう一人は三津五郎ふんするお辻。金勘定に余念がなく、しっかりもののようです。ところがお酒を飲むと、とんだ一面があるようで、それがこの芝居の伏線になっているようです。茶屋の女に勧められて二人の女は、芝居を観る。その中の栄紫を観たお辻は、はじめて恋のような感情をもつ。ところが、お紺と栄紫の事情を目の当たりにし、二人が結ばれないのは二十両というお金を文字辰に返さないといけないと知る。酒を飲んで、いい気持ちになったお辻は、栄紫に反物の売上げをすべてやってしまう。栄紫はせめて肌着の片袖を礼にとお辻にさしだす。喜ぶお辻、そんな布きれに十三両も出したのかいとあきれるおゆう。
お金の値打ちは人それぞれですが、生まれて初めて好きになった人を救うために使った十三両。二人の女のほのぼのとしたやりとりがとても面白かったです。高田郁の『銀二貫』という小説を思い出しました。
「与話情浮名横櫛」は、あまりにも有名な場面があるお芝居です。二幕仕立てになっていて、中が抜けているので、ちょっと経過が分かりにくかったのですが、台詞の中でああなるほどなと解るようになっていました。
場面は、(木更津海岸見染の場)と(源氏店の場)の二幕で、一幕目は赤間源左衛門の妾お富と伊豆屋若旦那の与三郎(片岡仁左衛門)が出会う場面です。ビリビリっと感じ合ったときにお互いに「いい景色だな・・・」と見つめ合う場面です。二幕目ははじめ、粋な黒塀、見越しの松に・・・の歌の通りの小粋な黒く塗られた塀と枝垂れた松が登場する。そこへ風呂上がりのお富(中村時蔵)が侍女と現われる。そのあと回り舞台で、座敷の場面となる。
本当は、3年も日が経っていて、木更津で見染合った二人は、源左衛門の目を盗んで逢瀬をかさねていたのです。ある日現場を押さえられ、与三郎は体中を切り刻まれる。お富は与三郎が死んだと思って、海に身を投げるが和泉屋多左衛門という男に助けられ、源氏店に住んでいる。
ある日、蝙蝠安(尾上菊五郎)という小悪党が傷を手拭いで隠した男を連れて、源氏店に小遣い銭をせびりにやってくる。
そして、有名な『ええ御新造さんへ、おかみさんへ、いやさお富、久しぶりだなー。』という場面になる。
ほっかむりをスパっとはずして、久しぶりだなーのくだりで、「いよー、待ってました。」の声がかかる。
そのあとの展開は、ちょっと拍子抜けがするもので、帰ってきた多左衛門が安五郎にこごとを言いながらも、兄だと紹介された与三郎に「商売でも始めな」といって、金を渡す。いったん家出る二人だが、与三郎は裏口から帰ってくる。座敷では、多左衛門が『へその緒書き』というものをお富に渡し、家を出ていく。その書付には、兄が多左衛門であるとのことが書いてあった。それを見た与三郎は、自分たちの間にはなんの障壁もないということが解って、二人が結ばれるというものであった。
私は、筋書きを最後までは知らなかったので、なんだハッピーエンドなんだ、と思いました。切られの与三郎なんてちょっと物騒な感じだったので、恨みつらみが前面に出ている物語だと思っていました。まあ、ハッピーエンドで終われば申し分ないのですが。
尾上菊五郎さんは、今まではずっと与三郎やお富を演じてきた人で、今回「蝙蝠安」は自分から買って出られたそうです。汚れ役なので、意外な気がしましたが、ユーモラスな感じも上手く演じていました。
仁左衛門さんは、与三郎の役は十回目だそうで、これも戦後で一、二を争うぐらいの数の多さだそうです。
決め台詞に至る二人の調子は、なかなか息が合っていて、さらりと後味すっきりしたいい芝居でした。

午前中のお客さんは、なんといってもお年寄りが多かったです。私たちが出るころは、午後の観客が入り口でおおぜい待っておられました。
21日は、大学時代の友人を誘って京都南座の「吉例顔見世興行」に行きました。
歌舞伎を観たいと言っていた友人のために発売日は何度も電話口でねばって、チケットを手に入れました。
午後の部は遅くなるので、朝早い友人にはきつそうなので午前の部を取りました。
10時半開演なので、逆算すると8時半には最寄駅についておかないといけません。
朝は6時前に起きれたので、きものを着る時間がありました。
京阪電車でもなんとか座れて、京都に着いたのが10時10分。ちょうどいい時間でした。

今日の午前の演目は、
一、寿曽我対面 一幕
二、お江戸みやげ 三幕
三、隅田川
四、与話情浮名横櫛 二幕
でした。
このところ、風邪気味とあって、客席でせきが出ないように風邪薬を飲んでいったものだから、何度もとろとろしました。とくに文語調の台詞回しの「寿曽我対面」や清元舞踊の「隅田川」は、夢幻の中に引きこまれました。「隅田川」の衣装や舞台は非常にうつくしく、坂田藤十郎の所作も幽玄そのものでした。せりふを聞き取ろうとして、注意していましたが、「あの鳥は、沖の鴎・・・千鳥・・・都鳥」というあたりになってうとうとしてしまいました。柳かなにかの枝を持って出てくるので、我子を尋ねて半狂乱になったのだなと解りました。
「お江戸みやげ」と「与話情浮世横櫛」は口語体の台詞なので、内容もよく解りました。どちらも初めて見る演目だったので、興味が持てました。
「お江戸みやげ」は、川口松太郎の世話物で、喜劇仕立てです。
湯島天神の芝居茶屋が舞台になっていて、お紺という娘と役者の栄紫がいいかわした仲ですが、継母の常磐津の師匠の文字辰が、お紺を金持ちの妾にしようと企んでいます。反物を行商して、売り上げをもって故郷に帰る女二人が茶屋にあらわれます。一人は中村翫雀ふんするおゆうで、さっそく大好きな熱燗を所望します。もう一人は三津五郎ふんするお辻。金勘定に余念がなく、しっかりもののようです。ところがお酒を飲むと、とんだ一面があるようで、それがこの芝居の伏線になっているようです。茶屋の女に勧められて二人の女は、芝居を観る。その中の栄紫を観たお辻は、はじめて恋のような感情をもつ。ところが、お紺と栄紫の事情を目の当たりにし、二人が結ばれないのは二十両というお金を文字辰に返さないといけないと知る。酒を飲んで、いい気持ちになったお辻は、栄紫に反物の売上げをすべてやってしまう。栄紫はせめて肌着の片袖を礼にとお辻にさしだす。喜ぶお辻、そんな布きれに十三両も出したのかいとあきれるおゆう。
お金の値打ちは人それぞれですが、生まれて初めて好きになった人を救うために使った十三両。二人の女のほのぼのとしたやりとりがとても面白かったです。高田郁の『銀二貫』という小説を思い出しました。
「与話情浮名横櫛」は、あまりにも有名な場面があるお芝居です。二幕仕立てになっていて、中が抜けているので、ちょっと経過が分かりにくかったのですが、台詞の中でああなるほどなと解るようになっていました。
場面は、(木更津海岸見染の場)と(源氏店の場)の二幕で、一幕目は赤間源左衛門の妾お富と伊豆屋若旦那の与三郎(片岡仁左衛門)が出会う場面です。ビリビリっと感じ合ったときにお互いに「いい景色だな・・・」と見つめ合う場面です。二幕目ははじめ、粋な黒塀、見越しの松に・・・の歌の通りの小粋な黒く塗られた塀と枝垂れた松が登場する。そこへ風呂上がりのお富(中村時蔵)が侍女と現われる。そのあと回り舞台で、座敷の場面となる。
本当は、3年も日が経っていて、木更津で見染合った二人は、源左衛門の目を盗んで逢瀬をかさねていたのです。ある日現場を押さえられ、与三郎は体中を切り刻まれる。お富は与三郎が死んだと思って、海に身を投げるが和泉屋多左衛門という男に助けられ、源氏店に住んでいる。
ある日、蝙蝠安(尾上菊五郎)という小悪党が傷を手拭いで隠した男を連れて、源氏店に小遣い銭をせびりにやってくる。
そして、有名な『ええ御新造さんへ、おかみさんへ、いやさお富、久しぶりだなー。』という場面になる。
ほっかむりをスパっとはずして、久しぶりだなーのくだりで、「いよー、待ってました。」の声がかかる。
そのあとの展開は、ちょっと拍子抜けがするもので、帰ってきた多左衛門が安五郎にこごとを言いながらも、兄だと紹介された与三郎に「商売でも始めな」といって、金を渡す。いったん家出る二人だが、与三郎は裏口から帰ってくる。座敷では、多左衛門が『へその緒書き』というものをお富に渡し、家を出ていく。その書付には、兄が多左衛門であるとのことが書いてあった。それを見た与三郎は、自分たちの間にはなんの障壁もないということが解って、二人が結ばれるというものであった。
私は、筋書きを最後までは知らなかったので、なんだハッピーエンドなんだ、と思いました。切られの与三郎なんてちょっと物騒な感じだったので、恨みつらみが前面に出ている物語だと思っていました。まあ、ハッピーエンドで終われば申し分ないのですが。
尾上菊五郎さんは、今まではずっと与三郎やお富を演じてきた人で、今回「蝙蝠安」は自分から買って出られたそうです。汚れ役なので、意外な気がしましたが、ユーモラスな感じも上手く演じていました。
仁左衛門さんは、与三郎の役は十回目だそうで、これも戦後で一、二を争うぐらいの数の多さだそうです。
決め台詞に至る二人の調子は、なかなか息が合っていて、さらりと後味すっきりしたいい芝居でした。

午前中のお客さんは、なんといってもお年寄りが多かったです。私たちが出るころは、午後の観客が入り口でおおぜい待っておられました。
韓流・・・その後 [テレビ]
今はこの方
秋のはじめ頃、「忙中韓在り」の記事で、観ている韓流ドラマのことを書いた。
その頃、観ていた『赤と黒』(今もNHKBSでやっているが)について書いたと思う。主人公になっていたキム・ナムギルの出演していたドラマをたどっているうちに、『がんばれ、クムスン』に出ていることが分かった。
140話ほどある長いドラマであるが、キム・ナムギルは、初めの方だけクムスンの結婚相手役で出ていた。
『がんばれクムスン』は、貧しい不運な女性が幸せをつかんでいくなかなかよく出来たドラマだった。週に2回ほどレンタルショップに通い、全部観てしまった。
家柄や旧い道徳にしばられた韓国の庶民層が、近代的な家族観に変わっていく様が手に取るように解って、興味深かった。また、登場人物にかなりのリアリティを持たせて、さもありなんと納得させるなりゆきに仕立ててあった。
30分ドラマでも140話も視聴者をひっぱっていくには、並々ならぬドラマの構成力が必要だと思う。
日本のドラマが大河ドラマをはじめ、総崩れ(私にはそうとしか思えない)になっている状況を考えると、韓国のドラマ制作力は今や見逃せない。
『がんばれクムスン』で、ハン・ヘジンの相手役になっていたカン・ジファンが良かった。
体当たりの演技・くるくる変わる表情・雰囲気・・・どれもが新鮮だった。
カン・ジファンのサイトを見ると、デザイン科を卒業してからデビューしたらしく、年の割に遅めのブレークだったようだ。表情からは、いたずらっぽいお茶目な性格が覗ける。が、どことなく賢そうなのが惹かれる。
つづいて、『コーヒーハウス』では、小説家の役で出ていた。これも観終わったが、コミカルでスマートな役柄であるが、どことなく哀愁を漂わせていて、最後まで引き付けられた。
そして、現在は『快刀ホン・ギルドン』を夢中で観ている。これは、15世紀を舞台にした権力闘争を下敷きにしたドラマであるが、ロックに乗せて軽快に運んでいく劇画的な時代物だ。今、若い人をくぎ付けにしているチャン・グンソクもかっこよく登場する。今14話を観ているが、あと10話ほどで終わってしまうのが残念だ。
![960_580x270[1].jpg](/_images/blog/_fa8/kimonodaisuki/960_580x2705B15D.jpg)
韓国ドラマを観ていると、ちょっと日本のドラマ制作にあたる人はもっと工夫をしてほしいと思ってしまう。
韓国ではあとからあとからスターが続々と登場しているし、観て楽しく面白いドラマが雨後の竹の子のように生まれている。歴史ドラマでも単なる史実をおっかけるだけではなく、今風に楽しめるように工夫してもらいたいものだ。
秋のはじめ頃、「忙中韓在り」の記事で、観ている韓流ドラマのことを書いた。
その頃、観ていた『赤と黒』(今もNHKBSでやっているが)について書いたと思う。主人公になっていたキム・ナムギルの出演していたドラマをたどっているうちに、『がんばれ、クムスン』に出ていることが分かった。
140話ほどある長いドラマであるが、キム・ナムギルは、初めの方だけクムスンの結婚相手役で出ていた。
『がんばれクムスン』は、貧しい不運な女性が幸せをつかんでいくなかなかよく出来たドラマだった。週に2回ほどレンタルショップに通い、全部観てしまった。
家柄や旧い道徳にしばられた韓国の庶民層が、近代的な家族観に変わっていく様が手に取るように解って、興味深かった。また、登場人物にかなりのリアリティを持たせて、さもありなんと納得させるなりゆきに仕立ててあった。
30分ドラマでも140話も視聴者をひっぱっていくには、並々ならぬドラマの構成力が必要だと思う。
日本のドラマが大河ドラマをはじめ、総崩れ(私にはそうとしか思えない)になっている状況を考えると、韓国のドラマ制作力は今や見逃せない。
『がんばれクムスン』で、ハン・ヘジンの相手役になっていたカン・ジファンが良かった。
体当たりの演技・くるくる変わる表情・雰囲気・・・どれもが新鮮だった。
カン・ジファンのサイトを見ると、デザイン科を卒業してからデビューしたらしく、年の割に遅めのブレークだったようだ。表情からは、いたずらっぽいお茶目な性格が覗ける。が、どことなく賢そうなのが惹かれる。
つづいて、『コーヒーハウス』では、小説家の役で出ていた。これも観終わったが、コミカルでスマートな役柄であるが、どことなく哀愁を漂わせていて、最後まで引き付けられた。
そして、現在は『快刀ホン・ギルドン』を夢中で観ている。これは、15世紀を舞台にした権力闘争を下敷きにしたドラマであるが、ロックに乗せて軽快に運んでいく劇画的な時代物だ。今、若い人をくぎ付けにしているチャン・グンソクもかっこよく登場する。今14話を観ているが、あと10話ほどで終わってしまうのが残念だ。
![960_580x270[1].jpg](/_images/blog/_fa8/kimonodaisuki/960_580x2705B15D.jpg)
韓国ドラマを観ていると、ちょっと日本のドラマ制作にあたる人はもっと工夫をしてほしいと思ってしまう。
韓国ではあとからあとからスターが続々と登場しているし、観て楽しく面白いドラマが雨後の竹の子のように生まれている。歴史ドラマでも単なる史実をおっかけるだけではなく、今風に楽しめるように工夫してもらいたいものだ。
やっと編めたよ! [趣味]
10日間よくがんばりました!
寒くなると、毛糸玉を触りたくなるわたし。
今年も始めました。
まず、はやりの編み物の本をゲットするところから、スタートです。
図書館にも編み物の本はあるのですが、古かったり、2週間で返さないといけません。いいところだけコピーするという手もあるのですが・・・
「ショール・ケープ・マーガレット」という特集の本を買いました。
ショールというのは、長方形の肩にはおるものですね。ケープというのは、首からすっぽりかぶるタイプ。
マーガレットというのは、昔からあったそうなのですが、袖のある短めのカーディーガンみたいですね。
これとは別に、今冬にはやっているのは、スヌードという輪になったマフラーがありますね。
まず、出来上がりの作品をごろうじろ。
10日もかかりました。編んでいると五十肩もなんのその。こんな作業は好きなんです。苦にならない。

モヘアの毛糸を20個買いました。本当は10個でよかったのですが、色の番号と個数を読み違えちゃったんです。楽天家の私は、また他の編み物に使えますという思いです。
はじめに、くさりを471目編むというところで時間がかかりました。テレビなんかを見ながらやっているので、
「えっと、70やったかな、80やったかな。」という調子です。
本当は、クリップのようなものをひっかけながらやると、数え間違いしなくていいのですが。アバウトなもんですから。
それにモヘアという糸は、どうもほどきにくいのです。ほどくときには、注意してはさみを使いながらほどきました。しかし、そのうちに気にならない場合は、もう下手に修正しない、そのままいくという方針に切り替えました。
このショールの一番の特徴は、片一方だけ腕を通すあなを開けているところで、難しかったのもこの部分です。目を拾うところが少しガタガタになりましたが、自分が着るものなので、ちょっとぐらいは眼をつぶります。
端の飾り模様がすてきでしょう。とても暖かいですよ。

本の中のモデルさんは、ほっそりとしてとても素敵です。こんな風にはならなくても、自分で編めたという満足感でいっぱいです。

さて、次はどんなものを編もうかな。

寒くなると、毛糸玉を触りたくなるわたし。
今年も始めました。
まず、はやりの編み物の本をゲットするところから、スタートです。
図書館にも編み物の本はあるのですが、古かったり、2週間で返さないといけません。いいところだけコピーするという手もあるのですが・・・
「ショール・ケープ・マーガレット」という特集の本を買いました。
ショールというのは、長方形の肩にはおるものですね。ケープというのは、首からすっぽりかぶるタイプ。
マーガレットというのは、昔からあったそうなのですが、袖のある短めのカーディーガンみたいですね。
これとは別に、今冬にはやっているのは、スヌードという輪になったマフラーがありますね。
まず、出来上がりの作品をごろうじろ。
10日もかかりました。編んでいると五十肩もなんのその。こんな作業は好きなんです。苦にならない。

モヘアの毛糸を20個買いました。本当は10個でよかったのですが、色の番号と個数を読み違えちゃったんです。楽天家の私は、また他の編み物に使えますという思いです。
はじめに、くさりを471目編むというところで時間がかかりました。テレビなんかを見ながらやっているので、
「えっと、70やったかな、80やったかな。」という調子です。
本当は、クリップのようなものをひっかけながらやると、数え間違いしなくていいのですが。アバウトなもんですから。
それにモヘアという糸は、どうもほどきにくいのです。ほどくときには、注意してはさみを使いながらほどきました。しかし、そのうちに気にならない場合は、もう下手に修正しない、そのままいくという方針に切り替えました。
このショールの一番の特徴は、片一方だけ腕を通すあなを開けているところで、難しかったのもこの部分です。目を拾うところが少しガタガタになりましたが、自分が着るものなので、ちょっとぐらいは眼をつぶります。
端の飾り模様がすてきでしょう。とても暖かいですよ。

本の中のモデルさんは、ほっそりとしてとても素敵です。こんな風にはならなくても、自分で編めたという満足感でいっぱいです。

さて、次はどんなものを編もうかな。
3日で編めるカンタンかぎ針!ケープ・ショール・ストール・ボレ―全アイテム写真プロセス解説つき (アサヒオリジナル 194)
- 作者:
- 出版社/メーカー: アップルミンツ
- 発売日: 2007/08
- メディア: ムック
ちょいグーなお店 [地域]
天王寺駅地下の食材屋さん
最近、地下鉄谷町線の乗り換えたり、美術館に行ったりする途中にある天王寺駅地下の食材屋さんによく出入りするようになりました。といってもまだ二度目ですが。
店の名前を「メルカートピッコロ」といいます。
まず、チョコレートが目について、
「そうそう、円高だから輸入チョコが安いのかも。」と思って、入りました。
その日買ったのはこれ。

ベルギー産のチョコレートと宮城県発の味噌の青じそ巻、沖縄のシークァーサー味の黒糖、そしてマスカットベリーAのワインです。

スプーンのように見えるのはやはりチョコレートで、まごにお土産にしました。チョコもお味噌も美味しかった。ワインはクリスマス用にとっとこかな。

最近、地下鉄谷町線の乗り換えたり、美術館に行ったりする途中にある天王寺駅地下の食材屋さんによく出入りするようになりました。といってもまだ二度目ですが。
店の名前を「メルカートピッコロ」といいます。
まず、チョコレートが目について、
「そうそう、円高だから輸入チョコが安いのかも。」と思って、入りました。
その日買ったのはこれ。

ベルギー産のチョコレートと宮城県発の味噌の青じそ巻、沖縄のシークァーサー味の黒糖、そしてマスカットベリーAのワインです。

スプーンのように見えるのはやはりチョコレートで、まごにお土産にしました。チョコもお味噌も美味しかった。ワインはクリスマス用にとっとこかな。

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